嗚呼、西洋開花は利慾の開花なり。利慾の開花は道徳の心を損し、風雅の情を破り、人身をして唯だ一箇の射利器械たらしむ。貧者は益々貧く、富人は益々富み、一般の幸福を増加する能はざるなり。此時に当り計をなすに、美術思想を流布し卑賎高尚の別なく天地万物の美質を玩味し、日用の小品に至るまで思想を歓悟するの具に供せしむるに若くはなし。美術を論ずるに金銭の得失を以てせば大に其方向を誤り、品位を卑くし、美術の美術たる所以を失はしむる者なり。豈戒めざるべけんや。 岡倉天心 「書は美術ならずの論を読む」 (『東洋学芸雑誌』第十一・十二・十五号、明治十五年八・九・十二月)